大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 昭和30年(あ)3709号 判決

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人前堀政幸の上告趣意第一点について。

所論は判例違反を主張し、論旨引用の判例は、要するに刑法一七六条の強制猥褻罪の起訴に対し同一七四条の公然猥褻罪を認定するについては、訴因の変更または追加の手続を経ることを必要とするというのであるところ、記録によると、本件は刑法一九七条ノ三の加重収賄の起訴に対し同一九七条の単純収賄を認定した場合であるから論旨引用の判例は事案を異にし本件に適切でない。

公訴事実の同一性を害せず、かつ、被告人の防御に実質的な不利益を生ずる虞れがない場合には、訴因の追加変更の手続を経ずして訴因と異る事実を認定しても違法でないことは当裁判所の判例とするところであり、論旨の言及する東京高等裁判所の判例(集四巻六号五八三頁所載)もまたこれと同趣旨のものである。これを本件について見るに、被告人は第一審第一回公判で本件金五万円を収受したことは認めたが、その趣旨を否認し儀礼的なものであったと弁解しており、その趣旨がいかなるものであったかについては、攻撃防御の方法が尽されていると認められるばかりでなく、本件では起訴事実よりも縮少された軽い事実が認定されているのであるから、本件の如き認定が被告人の防御に実質的な不利益を生ぜしめる虞れがあったとはいえない。判決の認定事実が起訴事実と同一性のあるものであることは多言を要しない。論旨は採用し難い。

同第二点について。

所論は判例違反をいうが、論旨引用の判例は横領罪における占有の意義を明らかにしたものではなくただ同罪における占有と刑法六五条にいう身分との関係を判示したものに過ぎないから、本件に適切でない。

そして、横領罪における占有には財物に対する事実的または法律的支配を指すものであるところ、第一審判決挙示の証拠(殊に荒木正重の検察官に対する第一回供述調書、被告人の検察官に対する第六回供述調書)によれば、判示セメントは法律的にも事実的にも被告人の占有下にあったものと認められること、原判示のとおりである(なお、京都府林務出張所処務規程、京都府組織規程、民有林開発林道開設事業負担金交付要綱参照)から、所論判例違反の主張はその実質においては事実誤認の主張に帰し、採用することができない。

同第三点について。

所論は判例違反をいい、論旨引用の各判例はいずれも論旨摘録の如き判示をなし、そして、原判示によれば、「原判示第二のような余剰セメントは本来正規の手続を経て戻入すべく、林務出張所において自由に処分し得ないものであるに拘らず、公示帳簿上は全部使用し余剰分はなかったこととし、被告人の任意の使途に充当する趣旨のもとに、内密非公式に換価処分したものであ」るというのであるから、この判示は寧ろ論旨引用の昭和二三年(れ)一四一二号事件判例に副いこそすれ、毫もこれと相反するものでない。同昭和二六年(あ)五〇五二号事件判例は事案を異にし本件に適切でない。所論判例違反の主張は採用し難い。

また記録を調べても刑訴四一一条を適用すべきものとは認められない。

よって同四〇八条により裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 垂水克己 裁判官 島 保 裁判官 河村又介)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例